「作家」のこと好き?嫌い?それぞれあるかもしれないけど、そんなに悪くなんてないよね、「好奇心」は。そうじゃない?

つむじ風になびく髪の毛と帽子

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どんよりした仏滅の日没はお菓子作り

「絶対にこうで当たり前だ!」と、自身の価値観だけで周りを見極めるのは悪い事ではない。
だけど、世間には事情と言うものが人間の周辺に漂っている。
この事を考慮すれば、自信を持つのは良いけれど、強く反対するのはどうなんだろう?と思う。
まあ、これも私の考えでしかないけれど。
生活しにくい世間になる可能性のあるかもしれない。

雨が降る月曜の夕方は目を閉じて
ちょっと仕事で入用な大きな竹を周期的にちょうだいするようになって、良かったのだが、しかし、密集した竹が邪魔で大量に持っていってほしい土地管理者は、こちらの必要量より竹を持って運ばせようとするので面倒だ。
いっぱい運んで帰っても余っておいてても色が落ち捨てることになるのだが、竹がムダでしょうがないらしく、持って行ってくれと強くせがまれる。
こっちも必要なものをいただいているので、強く言われたら断れない。

のめり込んで口笛を吹く父さんと僕

富士には月見草がよく似合うと、名セリフを表したのは小説家の太宰治だ。
太宰はバスで、御坂山塊を通り、今の甲府まで向かうところだった。
同じバスで偶然乗り合わせたおばあちゃんが「あら、月見草」とつぶやく。
それに、振り返った彼の目に入ったのが月見草、と、大きな裾野をもつ富士山である。
富岳百景のこの部分は、名峰富士を話すときに欠かしてはいけない。
多くの芸術に引っ張りだこの、3776mの名山だ。
どの角度から見ても同じように、整った形をしているために、八面玲瓏という言葉がぴったりだと伝えられる。
納得だ。
私が特に好きなのは、寒い中で見る富士山だ。

ひんやりした木曜の午前にビールを
学生のころよりNHK教育テレビを見ることがものすごく多くなった。
昔は、母親やじいちゃんが見ていたら、民放のものが見たいのにと考えていたが、近頃は、NHKが嫌ではない。
若者向きのものがたいそう少ないと考えていたのだけれど、近頃は、年配向け以外の番組も多くなったと思う。
そして、バラエティ以外のものも好んで見るようになった。
そして、暴力的でないもの番組や娘に悪い影響がものすごく少ないものがNHKは多いので、子供がいる今は視聴しやすい。
NHK以外では、アンパンマンでさえすごく攻撃的だと思える。
毎回ぼこぼこにして終わりだから、私の子供も真似するようになってしまった。

余裕で泳ぐ彼女とぬるいビール

時は金也は、的確な格言で、ぼやーっとしていると、本当にすぐ時間が無くなってしまう。
今よりも素早く作業も課題も終了すれば、その他の仕事に時を回すことが出来るのに。
マッサージにいったり、長風呂したり、料理にチャレンジしたり、英会話テキストを手に取ったり。
そう思いついて、この頃は、さらりとこなそうと心がけているが、いつまで続くのか。

夢中で話す兄弟と僕
花火大会の時期だけど、しかし、住んでいる場所が、リゾート地で毎週、打ち上げ花火が上がっているので、すでにあきてしまって、新鮮さもなくなった。
毎週、花火を打ちあげているので、ものいいもゴマンとあるらしい。
私の、住居でも打ち上げ花火の音がうるさくて娘が怖がって泣いている。
たまにのことならいいが、夏期に、週末の夜、ガンガン音がなっていては、むかつく。
さっさと終わればいいのにと思う。

陽気に叫ぶ母さんと電子レンジ

性能の良いカメラも、マジで大好きだけれど、また極め付けと言えるくらい気に入っているのがトイカメラだ。
4000円くらいで単純なトイカメラがすぐ得られるし、SDカードがあればパソコンでもすぐ再現できる。
リアリティーや、その一瞬を収めるには、ピント調節ができるカメラが向いていると、思う。
だけど、流れている情緒や季節の感覚を収める時には、トイカメラには他のどれにも歯が立たないと熟考する。

気持ち良さそうに吠える兄弟と私
行きたくて行きたくて仕方がなかった場所、と言うのは静岡の真鶴。
ここを知ったのは「真鶴」という題の川上弘美の小説。
でもこれは、自分の未完成な感覚では、まだまだ理解はしていない。
代わりに、小説の中の真鶴の雰囲気が大好きで、行ったことのない真鶴に行きたいと思っていた。
静岡県の、神奈川県小田原市の境目にあるここ。
その突端が真鶴岬。
真鶴岬の少し先、海から見えているのは三ツ岩という大きな岩が3つ。
真ん中の石の上には鳥居としめ縄があって海水が引くと歩いて向かえる。
思いかなって、ストーリー中の風景を見に行くことができた。
私のデジカメの中身は真鶴の景色がたくさん。
宿の経営者さんに真鶴が好きだと言うと、喜んでくれた。

陽気に泳ぐ友達と紅葉の山

とある休日、私は当時付き合っていた彼氏と、横浜のアパートから一般道を利用し、サザンビーチに行った。
と言うのは、趣味の一眼レフで海岸を撮るためだったが、上手に撮ることができない。
海は久しぶりだったので、しだいに裸足になって海の中に入りはじめた。
それも飽きて、砂で棒崩しをしはじめた。
この時位までは、実際に近くにあった白いデジタル一眼。
めいっぱい満喫して、帰る中、ガソリンスタンドで私の一眼が見当たらない事に気が付いた。
しょうがないと思い家まで帰ったけれど、長い間、とても残念な思いをした記憶がある。
多くの思い出が入っていた大好きな一眼、現在はどこにいるんだろう?

雨が上がった金曜の夜に足を伸ばして
小学生の頃、父も母も、私の対人関係に対しあからさまに積極性を求めてきた。
一般的より離れては良くない、とか。
非常に生きにくい過去だったと考える。
授業が終了すると、ほぼ毎日偽りの自分をハキハキと母に話す。
すると、喜んでくれるのだ。
少し変わったことをすると、好かれない。
常にこれだけ頭にあった学生時代の私と両親。
気の毒な話だと今は思う。

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